ドリーム小説

寒かったから言い訳できた

今年の冬は寒い。生まれも育ちも盆地である京都のだが、それでも今年の東京の寒さは異常に感じた。寒がりで冷え性のにとって、この冬の大寒波は命の危機と言っても過言ではない。以前無意識的にそれを呟いていたら、高校時代から付き合っている恋人に「は大袈裟だね」なんて言われて笑われた。笑い事ではなないというのに。
 だからさらに冷え込む朝方は苦痛でしかない。大学もあるから起きなければならないと分かっているのだが、それでもやはり起きる気にはなれなかった。

「んー、さむい……」

 蓑虫のように布団にくるまっていたは、それでも寒さに耐えられない。だから隣にあった温もりに助けを求めた。

「ん、……」

 と共にベッドで寝ていた赤い髪を持つ青年は、若干の冷たさを感じて目を覚ます。己の背に回った何かに気付いて瞼をそっと開けるとが抱きついてきていた。「うー」とか、「んー」とか唸りながら、ぐりぐりと自分の顔を青年の胸元に押し付けている。
 その様子を見て、青年──赤司は笑みを浮かべる。
 が寒がりなことを、赤司は当然知っている。だから寝ぼけているのこの行動の理由も見当がついた。赤司はそっと彼女の背中に腕を回し、さらに強く抱き寄せる。赤司の腕に包まれたはどこか満足そうに笑みを浮かべ、再びすぅすぅと穏やかな寝息を立て始めた。

「かわいいな……」

 は照れ屋だ。それは2人が婚約を交わしたときから変わっていない。赤司としてはもうそろそろ慣れてくれてもいいのではないかと考えているものの、はそれを聞くと無理無理と言って、すごい勢いで首を振ってしまうのだ。
 照れ屋なも非常にかわいいと思う。赤司はそう思っているし、そんな照れ屋なをからかうことも好きだ。
 彼女は赤司のまっすぐな言葉に非常に弱い。「好きだ」「愛してる」「かわいい」その他諸々。
 とにかく赤司はに対して、ナチュラルに口説き文句を口にする。そしてそれを受けたがかあっと顔を紅潮させることも恒例である。
 でもたまにはにも積極的に、大胆になってほしい。それも赤司の本心だった。

「んー、」
「ふふ、くすぐったいよ。

 赤司の首元にすり寄った。彼女の髪が首元をこすって赤司をくすぐった。それでもすぐに動きを止めたに、残念と赤司は心の中だけでこぼす。
 は照れ屋だ。だから自分から赤司に対して何かアプローチをすることが少ない。でも、このときばかりは別なことを赤司は知っている。
 寒い冬の日。しかも早朝。は寒さに身を縮めながら、赤司に抱きついてくる。普段じゃ絶対に自分から抱きしめてはくれないが、だ。
 だから赤司は冬の早朝が好きだ。できればずっとこうしていたいくらい。
 それでもずっとこうしているわけにはいかない。赤司にもにもそれぞれ大学がある。赤司は今日午後からの講義だが、は1限からだと聞いている。だからこうやって抱きついてくるを起こさなければならない。
 赤司ははぁとため息を深くついた。を起こしたくないからだ。彼女が起きてしまったら、寝ぼけているときのように簡単に抱きついてはくれなくなる。しかしを遅刻させるわけにもいかない赤司は渋々と言った様子で赤司の温もりに身を委ねている恋人をさする。

、起きて」
「んー、」
「そろそろ起きないと遅刻してしまうよ」

 に抱きつかれたまま、またを抱きしめたままの状態で声を掛けるもののいっこうに起きる気配はない。掛け布団を体に掛けたままだし、その温もりもあって、は当然の如く極楽であるその眠りからは戻らない。赤司は布団を剥いでしまおうかと考えたが、可愛い恋人にそんな悪行はできなかった。
 だから何度もを呼び、体を揺する。最初は反応を返さなかったも段々と深い眠りから呼び戻されているのか、声を漏らすようになっていた。

「ほら、。起きて」
「んー、んん」
「あ、こら。潜り込まないの」

 布団にさらに深く潜り込もうとするを制して、赤司はどうしたものかと思案する。
 は普段寝起きがいい。しかし冬となると別で、こうやっていくら声をかけても起きようとしない。冬の朝を初めて一緒に迎えたときに知ったことだったが、そのときはよく朝早い部活の朝練に顔を出せていたなと感心したものだ。それをに問うと、彼女は高校生の頃は目覚ましを10個ほど使って自分を叩き起こしていたと笑った。もう今は大学生で部活もやってないから少し自分にも甘くなっちゃって、とも。まさか朝練にしっかりと出ていたが冬の朝に弱いなんて露ほどにも赤司は思っていなかったし、他の部員たちもきっとそうだろう。「赤司くんにバレちゃったのは少し恥ずかしいな」と頰を染めて目を逸らしたをそのあとすぐに抱きしめて、ベッドに逆戻りしたのもいい思い出だ。
 当時を思い出して、赤司はくすりと笑う。しかしそんな微笑ましい出来事も、今はそれどころではないのだ。そろそろ起きないと本格的にまずくなってくる。
 赤司は仕方ないとため息をついて、の上から覆いかぶさる。ぺろりとの耳朶に舌を這わすことも忘れない。の体が反応して少しビクついたのを確認してから、赤司は彼女の首元に顔を埋めた。



 かぷ、と噛み付く。もちろん痕は残らない程度の力加減で。以前夜に盛り上がってしまい、見えるところに噛み跡を残した赤司をは珍しく本気で怒った。涙目になってこちらを睨むも可愛いと思ったが、それを口にしてしまうとさらに怒らせてしまうことは目に見えていたので言及はしなかったが。だからそれ以降、痕はつけるとしても見えないところと赤司の中で決めた。としては恥ずかしいから出来ればつけてほしくないらしいのだが、赤司はその理由を知っている。彼女が恥ずかしいのは赤司との行為を思い出すからだ。自分が前後不覚になる程めちゃくちゃに愛された夜の証だから。故に彼女は赤司につけないでと懇願するし、反対に赤司はそれを押し切って痕をつける。
 だが今はそれが目的ではないからつけないし、首元につけるわけにもいかないから、赤司は噛む強さを自重している。

「ほら、起きて」
「ん、っ」
「起きないと、どうなっても知らないよ?」

 別にどうにかしてやろうとは思っていない。だが彼女を起こすにはこれが最良の選択だと赤司は知っている。実際、はぱちりと瞳を開いたのだから。

「あ、起きたかい?」
「……征十郎、くん」

 何か言いたげな瞳をこちらに向けたに赤司は笑って、「おはよう」と告げながら息をするように額にキスを落とす。「おはよう」と不満そうに返ってきた声に、ついに堪えていた笑いが声として漏れてしまった。

「ふふ」
「…………」
「何か言いたそうだね?」

 言ってごらんと言葉なしに促す目の前の男を見上げながら、はふいっと顔を背けた。その口から小さく言葉が漏れる。

「気付いてたでしょ、途中からは寝たふりだって」
「まぁね」

 そう、は途中から完全に意識が戻っていた。確かに最初は眠っていたし、本気で起きたくなくて駄々を捏ねていたのだが、半分以上はわざとであったのだ。そして、それを赤司は気付きながらも見逃していた。
 何故がわざと寝たふりを続けていたのか。その理由は簡単だった。ただは赤司に甘えたいのだ。普段は照れてしまってなかなかできないことを、このときだけは大胆になってできるから。だから甘えるし、起きたくないと駄々を捏ねる。
 これは昔から変わらないし、赤司も昔から変わらないの不器用な甘え方を愛している。夜を共にするようになって最初の頃はただ単に二度寝がしたいだけなのかと思っていた。しかしすぐに違うと悟った。異常に赤司にくっついてきて、でもその触れ合った素肌からどくどくと心臓が音を立てていることに気づいたのだ。
 これは甘えられているのか。そう気付いた赤司は不器用なを微笑ましく思ったし、可愛らしいと感じた。同時に嬉しかった。
 常日頃から赤司はを甘やかしていたし、それをすぐ言葉に乗せて伝えていた。が愛を伝えることが不器用な分、自分がたくさん与えようと思っていたからだ。しかしにも甘えてほしかった。それを口にするとは「うー」と唸って、結局無理だと逃げようとしてしまう。でもきっと赤司の言葉はの心に残っていたのだろう。そうでなければこんなことしようとは考えつかないだろうから。
 寒いことを口実に、そして眠いことを口実に、不器用にも甘えてくる恋人が、可愛くない訳が無い。
 だから、赤司は冬が好きだ。

「可愛かったよ、ぎゅって抱きついてきて」
「あ、あれは無意識だもん。まだ本当に眠かったし……」
「あぁ、知ってる」

 赤司にはのことであれば何でもお見通しだ。現役時代、天帝の眼を用いて未来を見通していた赤司にとっては造作もないことだったし、何より好きな人のことは何でも知っていたいという赤司の探究心がそれを容易にさせていた。

は本当に可愛いね」
「う、征十郎くん、何でそんなにストレートなの」
「オレは昔からこうだっただろう?」

 そうだ。赤司は昔からこうだ。正確には婚約を決めてから、ではあるが。
 出会ってから長い間、への恋心を押し込めていたせいか、その反動のように婚約が決定してから赤司はに想いを告げるようになった。それにたじたじのは非常に可愛らしい。
 そんな可愛らしいとずっとこうしてベッドに潜り込んでいたいが、大学の時間も迫っている。赤司はに覆いかぶさっていた体を起きあげると、の体も一緒に起こしてやる。

「ほら、オレが朝食を作っておくから、ちゃんと着替えておいで?」
「うん」
「寝ぼけて着られない、なんて駄目だよ?」
「寝ぼけてないってば!」

 以前寝ぼけ眼で着替えた際にボタンを掛け違えたことを言っているのだろうと察したは赤司の胸元を抗議の意で軽く叩く。しかしすぐに優しく捕まえられてしまって、は大人しくなった。冷たいの手を包み込んでやる。

「やっぱり冬の朝はいいね」

 ずっと季節が冬だったらいいのにと、寒がりなが怒りそうなことを考えながら、赤司はの唇に自身のそれをそっと重ねた。

未来軸の2人。いちゃいちゃさせたくて、未来に逃げたw 大学生で同棲している設定です。企画サイト「remedy」様にも載っております。
title by 永遠少年症候群
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